残酷な嘘
高校三年・・・・卒業の春。古木にて。
ときめき高校は桜散る中卒業式を迎えた。大勢の父兄が参列する中
在校生に見送られて卒業生が静かに体育館から出てくる。
そして部活に参加していた卒業生は部員からの祝福を受け
花束を貰い、ある女子高生は泣きながら慕っていた先輩を見送り、
また女子の先輩を慕っていた男子生徒は何とか告白しようと
体育館の外で待っていた。
そんな卒業式の中でときめき高校に一つの伝説があった。
それは校庭にある古木の下で好きな人に告白すると
そのカップルは永遠に結ばれるというものだった。
さっきも古木の下で数人のカップルが伝説に倣って
告白し、そのまま手を繋いで人ごみの中へと混ざっていった。
そして・・・・・誰もいなくなった後・・・・一人の女子高生が古木の下にいた。
少女は誰かを待っている。時々腕時計を見たりして落ち着かないのだろう、
しきりに辺りを窺っていた。それでも誰かが来るという気配はない。
桜が風に任せて散り、少女の紫の髪をそっと撫でていく。
少女はその舞い散る桜に負けぬよう長い髪を手で押さえ、
少女を迎えに来る人を待っている。
それでも待っている人はこない。
辺りは次第に暗くなっていく。それはまるで少女の心のうちを
表しているよう。それでも人は来ない。
そうしているうちに少女の瞳から大粒の涙が溢れ始める。
「失恋・・・・・・・・・しちゃった・・・・・のかしら・・・・・・・・・」
少女にしては珍しいセリフであった。
「クスッ・・・駄目ね。わたしはあの人の前で泣かないって決めたのに・・・・
やっぱり駄目。泣いちゃう・・・・どうして来ないの・・・・・・」
そうして少女が泣こうかしている時に一人の少年が走ってきた。
少女は少年を知らない。でもいつも彼と一緒にいる少年だと
理解できた。そして少女のいる古木まで走ってきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・貴方は?」
「俺は早乙女。アイツの親友だ。アイツは・・・・・・来ないよ」
「どうして分かるの」
「彼から頼まれた事があって」その声は抑揚がなく不気味
だった。少年の様子がおかしいと感じた少女は
訊ねようとした。
「それでは早く連れてきて頂戴。どうしてこないの。貴方に
用は無いはずよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・アイツ・・・・・・・・駄目なんだ。
もう日本にはいないんだ」
「えっ・・・・・・・・・・」
「アイツ・・・・・・・・・・・・・脳に悪性の腫瘍があって・・・・
二年も昔に言われていたらしいんだ・・・生きて三年・・・・・
でも医者の知己でアメリカにいる優秀な医者なら・・・・
もしかしたら治せるんじゃないかと・・・言われて・・・・・」
「嘘!!!!私そんな事聞いていない!!私一人じゃ
生きていけない!!あの人じゃないと・・・私・・・・・
守れない・・・・・・」途端に涙声になる少女。
「嘘じゃない!!!!!認めろよ、あいつはお前と付き合う前から
不治の病に冒されていたんだ!!」
「どこで知ったの・・・・・・・・」
少女の問いに少年は憤懣やるかたなく言葉を濁した。
「2月最後の週にデートしたでしょ・・・・その時彼はどうだった?」
「とても元気だったわ。いつもより元気なくらい。私も騒ぎすぎてしまったわ。
それがどうしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか」
「それがどうしたの?」
「別れた時あいつ何か言っていなかった?」
「いいえ。別に」少女は思い出しながら言葉を選んでいく。
確かに彼は何も言わなかった。ただ笑みを浮かべ少女が立ち去るのを
じっと見つめていた。少女はその少年の様子が気になったが
愛情の裏返しだと思い、少年に手を振っていた。
「そうか、そういう事か・・・・・・・だから遊園地で・・・・
彼が急に具合が悪くなって倒れて・・・・・近くのカップルが見つけてくれて・・・
すぐに救急車で運ばれて・・・・もはや一刻の猶予もないって
俺や藤崎、担任の先生も呼ばれて・・・・・・その時に知ったんだ。
藤崎は知っていたみたいだった。
アイツ・・・・さ・・・言っていたんだ、
「今度デートするんだ」って。でも何となくそれが寂しそうで
何か嫌な感じだった」
「そ、そんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」少女はそのまま蹲った。
「嘘よ。ぜったい・・・・そうよ、嘘よ。わたしの前に絶対来て
悪態ついてわたしと喧嘩して・・・それが楽しくてデートも何度かして・・・・
そして・・・・・・・・・そして・・・・・・・・」少女のセリフは次第に
涙声になっていく。だがそれは現実から逃げているだけ。
どっかで認めなければならない事。
今ここに好雄という少年が来ている事自体彼がココに来ないという
証左でもあった。
「どのくらいかかるの・・・・・・・・・・・・・・・」
「分からない。治っても半身不随か植物人間になるかもしれないって
言われた。あとはアメリカの名医に頼むしかない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今から三年・・・・・・・・・三年が過ぎて何の連絡も無かった場合・・・・・」
「もう聞きたくない!!!!また・・・・私を・・・・・・
裏切るの・・・・・・・・どうして・・・・・・・皆どこかに
行ってしまうの・・・・・・どうして・・・・・」耳を塞いで現実から逃げようとする少女。
少年は初めてみた。いつも強気な少女が今は風雪に曝される一輪の萎れかけた
花に見えた。あまりに寒く、寂しく・・・・踏みつけられてしまいそうになっている。
それでも少年は少女を見ているしかなかった。
二年前・・・・・・・・・ときめき高校近くの総合病院
「ご子息の好きなことをさせてあげてください、奥さん」
メガネをかけた若い医師は彼の両親とおぼしき人に話し掛けている。
冷たい宣告。死刑宣告を受けたのと同じであった。
「それで助かる望みはあるのですか?」涙交じりに母は医師に詰め寄る。
インフォームド・コンセントによって両親は医師から説明を受けている。
これは両親や本人からの要求があればカルテの開示をし、医師は説明を
しなければならないというものである。
そして海外の病院ではインフォームド・チョイスと言って
患者による治療方法の選択が出来るようになってきている。
だが日本の医療ではまだそこまでのレベルには達していない。
賛否両論がある為というのが理由である。
例えばガン患者や本人に対してきちんとした説明を
要する場合、近親者、本人によるカルテ開示を医師に頼む事ができ、
さらに治療方法などの説明も出来るようになる。
最近の日本の医療にはこうしたインフォームド・コンセントによる
説明がカルテに加えられているという。
しかし今回の医師の説明はあまりにも残酷なものであった。
ただ説明すれば良いと言うものではなく医師は
言葉を選びながら説明していく。
それは手術による難しさを表していた。
患者や親族を安心させる為に不用意な発言は
出来るだけ避けるというのがインフォームド・コンセントの
主旨であるが、それでも邪推してしまう。
だが、今回はそれでも残酷な嘘をつかなければならない。
「分かりません。もってあと三年・・・・・・・安静にしていれば
五年・・・・・・・・・」
「そ、そんな・・・・・・お願いです、先生。どうか、どうか助けて
下さい!」ついには涙声になる母親。
「あとは神頼みです・・・・・・・・・私も最善を尽くしますが・・・・
何せ腫瘍の場所が海馬体の近辺だけに・・・最新鋭の
放射線治療でどうなるか・・・・・・」
「先生・・・・・・・・・・・・お願いします。それしか頼めません」彼の父も
必死に頼み込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・最善を尽くしてみます。もしもの時は・・・・
覚悟を決めておいてください・・・・・」医者がコツコツと革靴を響かせて
冷たい廊下に反射するかのように歩いていく。
そして彼に付き従う看護婦も一礼をして両親の元から離れていく。
冷たい病院の廊下は医者の靴音と
彼の背後から聞こえる両親の泣き咽ぶ声をも響かせる。
その時彼の両親に駆け寄る一人の少女がいた。彼女は
彼の幼馴染であり、いつも兄妹のように仲睦まじく生活していたのであるが
今回は彼の病を知って慌てて家族共々病院に来たのである。
「おばさま・・・・・・・・・・・」
「ああ、詩織ちゃん・・・・・・・・・・・」詩織と呼ばれた少女はあまりの残酷な仕打ちの
あまり泣き出し彼女の両親に慰められてようやく落ち着いていた。
「どうしたらいいの。私達はどうすれば良いの・・・・・・・・」思わず崩れ落ちる
母親。
「おばさま・・・・・・・・・・・・・・」思わず母親を支えようとする詩織。
「頼みがあるんだ・・・・詩織ちゃん」
「はい、何でしょうか、おじさま」
「どうか・・・・・この事は卒業式を迎えるまで友達に言わないで
欲しい・・・・・息子に高校生活をさせてやりたい。
でももし・・・・・・・・・息子の時限爆弾が破裂した時は・・・・
携帯で知らせて欲しい・・・・・・・」
「おじさま・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「家族付き合いをしている君にしか頼めない・・・・・どうか・・・・
どうか・・・・・・・・・・・・・・
息子を頼む・・・・もし・・・・お互い好きな人が出来たとしても
・・・・・それでも君に頼むしかない・・・・・高校生として
彼が生きた証を・・・・君に見ていて欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・」
「君には残酷な事を頼んだかもしれない・・・・・・・許して欲しい・・・・・」
「いいえ、そんな!おじさまが一番辛い事ぐらい私分かっています」
「頼む・・・・・・・入学早々こんな事頼んでしまって・・・・・・・・・・・」
父は頭を下げるしかなかった。
病院の冷めた空気は消毒薬やオキシドールの匂いがし、それはまるで死を
象徴しているかのようであった。
そして病院の冷気は彼の家族を、彼女の家族を包み、どうしようもない
気持ちへ誘っていく。
詩織は祈った。
これから起きる彼の運命を・・・・少しでも幸運というのがあるのなら、
少しでも神という者がいるのなら、残酷な運命をよき物にしてもらえるなら
彼にほんのささやかな幸運を。
彼にほんのささやかな幸運を。
高校二年・・・・・通学路。
鏡魅羅は珍しく学校に登校していた。本当は弟と妹の送りと
お弁当作りでほとんど遅刻スレスレなのだが今日は
弟が寝坊した為その送りで完全に遅れてしまったのである。
でも一時限目が始まったのをみて魅羅は諦めた。
「もう・・・・・良いかしら。間に合わないし」魅羅は誰に言うわけでもなく
ただ独り言のように呟くと走っていたペースを落とした。
「しかし誰もいないの?全く何やっているのかしらね!!
少しぐらいなら鞄を持ってくれても良いじゃない・・・」
これも独り言である。最近独り言が増えた。
やっぱり同世代の友達がいないからであろう。
確かに美貌や人を酔わせる魅力というのはあるのだが
その分、その美貌のためにちょっと、と遠慮する人も多く、
魅羅の場合友達がいた、という事は無かった。
いつも孤高の存在で近寄りがたい雰囲気というものが
纏わりついていた。
まあ男子生徒の間では人気というか彼女にしたい
という点では一番なのだがどうも彼女の悩みを話せるという
人は皆無だった。心から許せるという人がいない。
その美貌を武器に鞄を持たせる生徒もいたり宿題を
見せてくれる男子生徒もいたが彼女から見れば
やはり気軽に話せる女子生徒のほうが良かった。
だがどう見ても友人らは魅羅を遠慮し、引いてしまう。
まあそれが彼女をクールに見せ、勝手に噂が一人歩きをしてしまう
事にも繋がった。
だから魅羅は考えてしまう。もともと
ちょっとの事でも考えてしまう彼女にとってこうした女子生徒との
付き合いが無いと言うのも気になっていた。
(私だって女の子よ。どうして私が話そうとすると皆逃げるの!!)
これが本音だろう。余計なことを考えている。
話し掛けようとすると女子生徒がちょっと怪訝そうな顔をして
どこかに行ってしまう。
つまりそれは・・・・・・・・誘惑されてしまうのではないかという
疑心がなせるものだった。女子からみれば
この女狐は何考えているのだろうと言った所だろう。
大切な彼氏を取られてたまるかというのもある。
男子から見ればあの憧れの魅羅さんに話しかけられるなんて
何て運が良いんだろうという事だろう。
だがそれは本当に幸せな事か?
どう見てもただ男に貢がせているだけの虚偽でしかない。
ほんとうの自分と言うものが心のどこにあるのだろうか。
だからこそ魅羅は自問自答する。
安易な美しさというのではなく、心の中からの美しさを
見てくれる人はいないのか。魅羅には弟がいる。
弟はいつも姉を気遣っている。そんな弟の
心情が痛いほど分かる。
だからこそ・・・・・・安易な愛ではなく一途な愛を求める。
それがどんなに苦しくてバカバカしい事か。
だが馬鹿でも構わないではないか。
今の時勢、そうした物が無ければどんなに世の中が荒んだものか。
「ふう・・・・・・・・・」魅羅は制服のポケットから口紅を出す。
ナチュラルカラーを好む彼女は口紅も彼女の嗜好に合わせていた。
本当なら学則で禁止されているものだが彼女はメンソレムタムの薬用リップスティック
と言って誤魔化していた。
それをそっと唇につけティッシュで軽く撫でる。ティッシュに
赤い染みが付いてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」どうしてこんな事をしているのだろう。
こんな事をしても他校の学生を迷わせているだけ。
学校にいたらいたで・・・・・・・・・・これほどつまらない事はない。
またポケットの中にはお気に入りのタバコ、「ヴァージニア・スリム・ライト」がある。
メンソールが入っているので最初は気持ち悪くなるがそのうち
スッと気分が落ち着くので魅羅は気に入っていた。
「フケちゃおうかしら・・・・・・・・・・」魅羅はそっと通学路と反対の道を歩こうとした。
魅羅が歩き出してしばらく歩いた先にある大きな交差点に差しかかろうと
したその時、彼女は猛スピードで迫り来るバイクに気がつかなかった。
と言うよりも彼女が赤信号を見ずに渡ろうとして
商店街に通じる道を右に曲がろうとしたバイクが分からなかっただけなのだが。
そしてそれに気がついた魅羅が避けようとして目の前を大きな影のような物が見えたと
思ったときはすでに遅く、何かぶつかったような、それでいて際どい所で避けたのだが
それでも無理な姿勢だったせいかバランスを崩し
可愛い悲鳴をあげて転んでしまった。
「キャッ」
「おい、大丈夫か」若い男性の声と共にバイクが急停止する。
バイクのロゴにはKawasakiとある。KLX250タイプのバイクはドドドとエンジンが
唸りを上げて止まっている。
魅羅はすぐに目の前に止まっているバイクを睨みつける。
「何をしているのかしら、貴方は?早く起こしなさい!!」
魅羅は手を差し向ける。どうやら起こせ、と言っているようなのだが
ヘルメットを被っている者は手を差し伸べようともしない。
そのうち何か舌打ちしたかのような音がしてゆっくりとヘルメットを取る。
(へえ・・・・・・・・・姿格好は良いじゃない。そこらへんの生徒より
センスがあるようね)魅羅の素直な感想である。
しかも同じ制服をしている所をみるとどうやらときめき高校の
者らしい。
「貴方は私を誰と思っているのかしら?しかも起こそうともしないなんて」
それでも彼女はキッと睨みつける。狐のような細身の瞳がスッと細くなる。
だが少年の次のセリフは彼女の予想を大きく覆すものだった。
普通こんなことを言う生徒はいない。彼女の記憶の中では
そうである。
「さあな、てめえの事なんぞ知ったこっちゃねえ。それよりもさっさと
起きねえと・・・・・・・・・」
「な、なんですって・・・・・・・!!それがわたくしに向かっていう事なの!!」
「だからてめえの事なんぞしらねえって言っているだろ!!」
あっという間に彼女の頬が真っ赤になる。
だが魅羅からしてみればこんな風に言ってくる人はいなかった。
「・・・・・・・・・・・・それとな、これは俺の私見なんだが」
「何よ!!」
「いやな、モロに目の保養になっていると思ってな。良いのかな、と
思ってな」
それを聞いた魅羅はハッとしてスカートを両手で隠す。
ようやく気がついたのだ。ぶつかった衝撃で
スカートの中身が丸見えだったという事を。
そして少年の次のセリフがトドメを刺した。
「ふうむ。白か」
「きいいいいいいいいいいいいいいいい」
バチ〜〜〜〜〜ンンンン。乾いた音がして少年の右ほほが赤くなる。
「いてええええ」思わず頬を抑える少年。
「私のことを甘く見た罰です」そのままスタスタ歩いてしまう魅羅。
「そっか。それなら良いさ。別にてめえの事なんて知った事じゃねえし」
「貴方、名前は!!」魅羅は睨みつける。それは彼女のプライドを
ズタズタにした少年に対してあとで親衛隊に報復を頼もうとしての事だった。
「俺か?俺の名前は上坂透。それがどうした?」
「透って仰るのね。覚えておきなさいよ」
「てめえの名前は?」
「わたしの名前は鏡魅羅。まあ貴方も知っていると思うけど」
「知らない。さっきも言ったろ、知らないって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」ほとんど即答だった。この少年は彼女を
知らない。だから平然としている。
「おおっと、それじゃあな」ヘルメットを被り直す透。
爆音を轟かせてバイクは校門の近くの駐輪場へと向かっていった。
砂煙のたつ中魅羅はどうやってあの少年に復讐してやろうか
考えていた。
「上坂透・・・・・・・・・・・・・・覚えておきます。センスは良かったのに・・・
口の聞き方が全くなっていないわ」
鏡は一瞬どうしようかと思ったがココにいても仕方が無いので結局
学校に向かう事にした。
学校・・・・・・・3時間目「現代国語」
「ふわあああああ・・・・・・・・・・」あくびをした透は少しコキコキと肩の骨を鳴らす。
そして眼鏡のレンズが油脂で汚れているのかハンカチで拭きなおす。
隣の席には彼の友人である早乙女好雄がいる。彼も同じように伸びを軽くすると
頬を叩いて眠らないようにしていた。
また透の列の一番前に彼の幼馴染であり兄妹同然に育てられた
少女、藤崎詩織がいる。彼女は隣の席の友人と軽く話をしながら
問題を解いていく。
「どうも眠いな」透の声に好雄も頷く。
「ああ」好雄の気の無い返事が全てを物語る。
と言うのも現代国語の先生が急に忌引となりいなくなってしまった為に
自習となってしまったのである。だがそれでも先生からのプレゼントは
しっかりと残っていた。そう宿題のプリントである。仕方なく彼らは残って
宿題を解いていたのであるが何せ量が多いのか
中には大あくびをしている者や必死にカンペを創り出そうと
している者・・・まあこれは透、好雄や詩織、愛の友人である朝日奈夕子が
作っている物だが皆何とか宿題を片付けようとしていた。
「眠いな」
「ああ」好雄の問いに今度は透が答える。
「これで何度目だ?」透の問いに好雄はあくびで答えた。
「十回目だ。フケたくなるがこいつから試験が出るとなると
話は別だな」
そう現代国語の先生は彼らにこう伝えたのである。
この宿題のプリントからテスト範囲が決まると。その為に
夕子は目の色変えてカンペに精を出し、詩織や愛は
何とか問題を解いていた。
「しかし・・・・・・・・夕子さ、あれって精の出し方間違え
てんじゃねえか?」透の問いに好雄は答える。
「いつもの事だろ。夕子が目の色変えるのはテストの時と
カラオケみんなで行く時ぐらいだろ。しかしお前本当に
口の聞き方とか言い方悪いな。そんなんじゃ彼女も
出来ないぞ」
「ほっとけ」
「まあ良いさ。それよりも鏡さんがバイクとぶつかりそうに
なったって話聞いた事あるか?」
「何だ、そりゃ?」
「鏡親衛隊の男子生徒らが
そのバイクを運転していた奴に報復するんだと。
それで今犯人探しているんだ」
「ふーん」
「まあバイクとなるとすぐに見つかると思うけど・・・・」
「それなら俺だ」
「そっかって・・・・おい!!」好雄の素っ頓狂な声に
クラス中が好雄を見る。好雄は声のトーンを低くして
透に耳打ちする。
「そっか、そっか。あのあばずれが鏡だったか」透は喜々として答える。
「ひでえ・・・・お前知っていたのか?」
「誰を?」
「鏡さんを」
「知らない」
「それも凄いぞ、別の意味で」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・だからさっきからそこの男子生徒が
俺のことを睨んでいると思ったんだ」
透は後方の席をチラッと覗き見る。透の視線に気づいた男子生徒は
慌てて視線をずらす。
「フッ・・・・・・・・面白くなりそうだ」透はそれだけ言うとプリントに
取り組み始めた。
だが魅羅は親衛隊というか取り巻き連中を呼ぶ事が出来なかった。
まあ高校二年にもなってそんな事をしていたら就職するにしろ、
進学に響くからである。それに取り巻き連中とて自分にも
彼女や友人らがいたとしたらそれだけでも
大騒ぎになってしまう。だからこそあまり魅羅と関わろうと
しなかった。
校庭にて透は魅羅の呼び出しを受けた。
本当なら帰りたかった透は渋々校庭に来て驚いた。
そこには魅羅一人しかいなかったのである。
「何の用だ?」
「貴方に復讐しようと思いまして」
「くだらねえなあ・・・・・・・・・・」
「貴方に言われたくないわ。それに・・・・・」
魅羅は虚勢を張ろうとして腕を組むがそれが逆に
透に見透かされてしまう。
「お前友達いないだろ」
「なっ・・・・・・・・・・・・・・・・」
真っ赤になる魅羅を余所に透は辺りを窺って気配を探る。
誰もいない。
「本当にお前一人なのな」
「さぞや嬉しい事でしょうね。私を見て」憎憎しげに透を睨む魅羅。
「別に」
「まあ話し相手ぐらいならなってやるが・・・・・・」急に鏡を抱き寄せる透。
「何をするの!!」
「いいか、男子生徒をその色気で惑わしても結局はお前の見掛けだけに
過ぎない。それなら素直になれよ。それに
そんなに肩に力入れて生きていると逆に疲れるぞ。
それにお前・・・・・・・こんなに良い香りがしているんだから
むしろ香水などつけないでいたほうが良いと思うぞ」
「う・・・・・・・・・・うん」思わず頷いてしまう魅羅。
「じゃあこれでお終いだ。あまり人様に迷惑なんてかけるなよ」
「貴方に言われたくないわ」最後まで虚勢を張ろうとする魅羅に
透はただ笑うだけである。
「そう?なら帰るとするか。終わったぞ、詩織」その声が聞こえるか
聞こえないうちに透は5〜6人のクラスメートに囲まれた。
皆心配で来た者達だった。
「もう!!心配しちゃったじゃない!!」詩織が心配そうに駆け寄る。
「まあこいつは簡単に死なない奴だって」好雄の声は心配そうだったが
それでも片手にバットを持っていたのは助太刀しようと考えていたのだろう。
他にも数人の男子生徒がそれぞれ武器を持っていた。
「でも魅羅に喧嘩売って帰ってきたのってトオルだけじゃないの?」好雄の
背後に隠れるようにいた朝日奈が言うと透ははじめて笑った。
「しっかし・・・・・・よく行く気になったよな」日に焼けた男子生徒が透を小突く。
また女子生徒は詩織の友人なのだろう、楽しそうな声が鏡の耳にも届いてくる。
「まあ・・・・・・・・・このぐらいなら」
「だから言ったろ、こいつは死なないって。そういう奴なんだよ、透って。
みんな帰ろうぜ。コラ、夕子またファミレスで飯オゴリなんて言うなよ」
「良いじゃん、別に。それとも大樹はオゴルの、怖いの?」夕子が小悪魔のように
笑う。大樹と呼ばれたロンゲの生徒はフンと言ってソッポを向く。
「さっさとしねえと置いていくぞ」ロンゲの男子生徒の声がして皆帰り支度を始める。
「心配だったんです。大丈夫ですか、上坂君」詩織の隣を歩く
美樹原が心配そうに透を駆け寄る。透の歩く速度に合わせて歩く
美樹原の栗色の髪が静かに揺れる。
「う〜ん・・・・・特に」
「でも気をつけたほうが良いよ、魅羅って結構シツコイから」
夕子は透に話し掛けるがそれはそれで楽しそうな表情をしている。
「まあ・・・・モテる男の特権だな」透が前髪をフッとかき上げる。
「それさえなければ良い男なんだけどねえ・・・・・・」夕子の呆れ顔に
詩織も同情する。
「夕子さん、私も同意見」
「ひでえ!!」透は楽しそうに笑う。早乙女や美樹原は笑いを堪えている。
「上坂・・・・・透・・・・・・・」
一人校庭に残された鏡は抱きしめられた感触を確かめていた。
「嫌だわ・・・・どうして熱いのかしら」魅羅はポケットから口紅を出したが
塗ろうとして止めた。
「何か塗る気が無くなっちゃったわ・・・・・・・・」口紅を仕舞うと
魅羅は彼らとは反対の方向へ歩き出していた。その表情は何故か嬉しそうだった。
それから・・・・・・しばらくして・・・・・・・
透は魅羅と勝負するようになった。というよりはデートなのだが
彼女自身が「勝負よ」と言っているので彼も「はいはい」と言って
勝負(デート)に出かけるようになった。
まあ彼女もそれが楽しいのか透からの携帯や電話の誘いに
喜んで出掛けるようになった。
そんなデート、じゃなかった、勝負の中、透は歩き疲れたと言って
動こうとしない魅羅を引きずるようにスターバックスに
入った。そしてカフェ・ラテを二つ注文を取ると
透は適当な席を見つけて座り、眼鏡をポケットから取り出した。
鏡は向かい側に座ると少し乱れた髪を整えている。
「そう言えば・・・・・鏡、お前親衛隊はどうしたんだ?
最近取り巻き見ていないんだけど?」
熱いコーヒーを啜るように飲んでいた透は思い出したように
魅羅に聞いてみた。
「えっ・・・・・・ええっ・・・・そ、そう、解散したわ。そう」
「解散・・・・・・・・・?」眼鏡をかけなおす透。
「まあ私ほどの美人ともなればあんな取り巻き連中
また作れば良いし。だから・・・・・・・・・」
「また嘘をつく。そうじゃねえだろ、きっと
取り巻き連中の彼女らがやって来て散々言われたんだろ」
「うっ・・・・・・・・・・・」
「お前・・・・・・・・・・・謝るという事をしないからいつも誤解を生むんだ。
彼女達に睨まれて仕舞いに下駄箱にカミソリでも入れられ、
指を怪我したんだろ」透はじっと魅羅を見つめる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見ていたの?」魅羅の右指には
いくつかのバンソウコウが貼られてあった。
「いや。ただ予想して。お前は嘘をつくのが本当に下手だから
いつもどっかで損をしている。でも俺はお前ほど繊細な持ち主は
いないと思うよ。だってお前優しいからいつも相手の事を考えている。
でも相手はそんなに気にしていないと思うよ。
お前の気持ちぐらい皆分かっているさ。でも・・・・・
それでもお前は謝る事が出来ないでいるから皆変な誤解を生むんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ俺の私見だけど。でもそんなお前だからこそ可愛いと思うんだ」
魅羅はただ驚くしかなかった。今まで色っぽいとかそういう風に
言われていたのに彼は可愛いと言ったのである。
普通そういう風に言う人はいない。
「どうしてそんな事言うの・・・・・・・・」
「うん、別に」
「それならどうして・・・・・・可愛いって言うのよ。私は
学校内でも・・・・・・」
「美人で通っていますってか。人を寄せ付けないからクールか」
「知っているなら・・・・・・・・・・・・・」魅羅はカフェ・ラテを
少し口に含む。クリムミーな牛乳の泡が魅羅の口内を優しく
擽り、わずかに甘いコーヒーと共に喉を潤していく。
「そう、知っているからこそお前には素直になっていて欲しい。
あと一年だろ、俺たちがこうしていられるのは。卒業したら・・・・・・」
そこで透は口を噤む。そう透には時間がない。
三年という命のチケットが無くなったら4年目はどうなるか分からない。
残りわずか一年。両親はいつも通りに接してくれる。
その心遣いが嬉しかった。詩織も詩織の家族も
同じように接してくれる。話は聞いているはずなのに。
だからこそそうした心遣いは嬉しい。
医者の説明ではアメリカに有名な医者がいて彼なら
治療出来るのでは、と言っていた。
それでも分からないから彼はその寂しさを紛らわす意味で
魅羅の話し相手をしている。
「卒業したら・・・・・・どうしたの?」
「い、いや何でもねえ。何でもない」透は何とかコーヒーを
飲み干そうとする。
「アチッ・・・・・・・・・まったく急いで飲むもんじゃねえな」
「クスクス・・・・・・・」魅羅はその様子がおかしいのか
少し口元を歪ませて笑い始めていた。
「どうしたんだよ?」
「クスクス・・・・だって貴方がそんなに動揺するなんて
空から雪でも降るんじゃないかしら」
「そうだな・・・・・・・・・・・・・」
透はカフェ・ラテをゆっくりと飲み始めていた。
(続く)
(あとがき)
ときめも三部作の一つが完成しました。
と言っても
また修正するかもしれませんがその時はよろしくお願いします。では。
おし。
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