千夜一夜物語
ウィルはオラクルベリーの町にやって来た。その町は大陸随一の賑やかさを誇る。何度
かこの町を訪れていたが、いつまでも変わらない賑やかさには半ば感心していた。
彼は今年で十六歳になる。その表情には少年のあどけなさが残っていた。ある日、奴隷
だった彼は逃げ出す機会を見つけて、逃亡した。
それから二ヵ月、ラインハット城での騒ぎが解決した後、ウィルは親友で同じく奴隷だ
ったヘンリーやマリアと別れて、一人で旅を続けた。
ウィルは夜のオラクルベリーを歩いていた。彼には目的があって、オラクルベリーにや
って来た。
オラクルベリーの東側には、夜になると昼間はしまっていた宿が開く。だが、そこはた
だの宿ではなく、艶やかな高級娼婦たちが住む不夜城であった。
ウィルは前から、淫媚な不夜城の存在を知っていた。相応の金を払えば、好きなだけ女
性の身体を抱くことができる。
だが、ウィルにはなかなか決心がつかなかった。彼はある人を探していた。その人とは
彼の幼馴染みの少女だった。
その少女は今、どうしているかは分からなかった。最後に会ったのは十年前。もしかし
たらその少女は結婚して、家庭に築いてしまっているかも知れない。
ウィルにとって、その少女と会いたいという想いがあったからこそ、奴隷の身分にあっ
ても、挫けることがなかった。
ウィルが六歳の頃、その幼馴染みの女の子と別れる時、また会おうね、と二人で約束し
たことがあった。彼はそれをまだ忘れていなかった。
だから、彼女以外との女と寝ることに、ウィルは後ろめたさを感じていた。そんな親友
を見て、ヘンリーは言ったものだった。
「……おまえは純情だな」
「…………」
「女は知らないより、知っておいた方がいいと思うぞ。ビアンカって娘、探してるんだっ
け?」
「そうだけど」
「結婚したいんだろ?」
「うん……」
「だったら、女の扱いぐらい覚えておいた方がいい。もしその娘と結婚したらどうするん
だ。無様なことにならないためにも……な」
親友思いのヘンリーの最後の言葉は今でも焼きついていて、ウィルはそれを思い出した
のだ。そして、童貞を捨てることを決意した。
ウィルは胸の鼓動を早めながら、夜のオラクルベリーを歩いた。しかし、どの宿に入れ
ばいいのが、まったく分からなかった。
ヘンリーと旅をしていた短い間、親友はオラクルベリーに立ち寄ると必ず妓館に通って
いた。ウィルも何度か誘われたが、その時は断っていた。
「ヘンリーが通ってたところに行くか……」
ウィルは、ヘンリーから話を聞いていたある妓館に入った。親友が言うには、とても良
心的らしい。
妓館は白亜の、こじんまりとした作りの館だった。ウィルはその白亜の館に入る。入口
には待合室と受付があった。受付には一人の妙齢の女性がいた。
「あの……ぼくは、その」
ウィルは初めてのことで、何を言ったらいいのか、まったく分からなかった。だが、こ
ういう客の対応にもすっかりと慣れているのか、女性はにこりと笑った。
「あなた、初めて?」
女性は優しく、ウィルに訊いた。
「は、はい……その、ヘンリーに紹介されて、やって来たんです」
「あら、ヘンリーのお友だちなの?」
女性はヘンリーのことをよく知っているようだ。考えてみれば当り前である。彼はここ
のお得意さんだったのだから。
「彼を、知っているんですか?」
「知っているも何も。あたいが相手したんだから。あの子、経験豊富な娘が好みだって、
あたいをよく指名してくれたものよ。ふふふっ。そのくせ、そこらの親父なんかよりも女
の扱い方が旨いんだから……あ、あたいの名はイルマよ。あんたは?」
女性−−イルマが訊いた。
「ぼくはウィルです」
どきまきしながら、名乗った。
「くすくす、あんたって可愛いわね。よし、あんたは特別にサービスしたげるわ。好みの
女の子、好きなだけ抱いていきなさい。あんた、童貞?」
イルマが笑った。後で聞いたが、彼女は二八歳だった。燃えるような赤い頭髪と浅黒い
肌が彼女の情熱さを表している。目つきはちょっときついが、なかなかの美女だった。
「え、本当ですか?」
ウィルは目をパチクリした。
「今日は安息日の前の日だけど、客の出入りが悪いのよ。あたいが店やってるから、店を
いつ締めようが自由だしね。幸い、今日で初めての客がウィル。あんたなのよ」
イルマはさっさと出入口の扉を締めて、早々に店終いをしてしまった。
「いっとくけど、ウチの女の子たちはどれも粒揃いよ。悪い病気持っている娘もいないし
可愛い女の子ばかり。そうそう、あたいもいるから、下は十五歳で上は二八歳。下着の好
みとかもあるけど?」
イルマはウィルの肩を抱いて、待合室へと通した。
「ど、どうしてぼくにこんなに親切にしてくれるんです?」
ウィルは少し恐がるように言った。
「ふふふ、あたいの気紛れよ。それに、童貞のお客さんはもう二年振りなんだもん。童貞
の男の子は、あたいたち娼婦には人気があるのよ。うちってさ、客のほとんどがお得意さ
んだしさ。童貞なんかいないし、そういう玄人さんはここみたいないい店を他に教えたが
らないのさ」
イルマの答えに、ウィルは納得したような表情をした。
「十二人いるから。何なら全員とやりこなす?」
「よ、様子を見てからにします」
ウィルは慌てて手を振った。何だか、もう射精しそうな気分になってしまう。彼はイル
マから渡された目録のページをめくった。可愛らしい絵で、ここにいる女の子たちを紹介
している。その絵も下着姿だったりして、結構刺激的だ。
「どうしたの? 迷っている?」
イルマが言った。
「別に好みじゃないならさ、途中でとっ代えてもいいんだよ?」
「そんなこと、できません」
ウィルは真剣な表情で言った。
「あの……イルマさんも、入っているんですよね?」
そして、ウィルは遠慮がちに訊いた。
「ええ、本当は秘密なんだけど」
ウィルはもじもじした。イルマもなかなかいい女性だと思った。
「ウィル、あたいを抱きたいの?」
イルマが笑みを浮かべた。
「…………」
「何照れてんのさっ。いいよ、あたいでいいならね」
ウィルが立ち上がる。
「お、お願いします……」
「あいよ。そんじゃ、あたいの部屋に行こうか?」
イルマはウィルを案内して、二階にある寝室へ向かった。寝室には天蓋つきのベッドが
備え付けられていた。明かりはほんのりと暗い。
彼女は黒いサテンドレスを着ていた。胸の上あたりでぱっくりと割れていた。イルマは
そのドレスをそっと、脱ぎ始めた。黒ドレスの下には白い下着が現れる。
白いレースで出来たブラジャーと、白絹の長手袋。そして臍のあたりにガーターベルト
のブリッジがあって、脚部には白いストッキングを履いていた。ストッキングはガーター
ベルトで吊られていて、太腿には花柄のラインがあしらわれている。
ウィルは下着姿のイルマを見つめて、下腹部がうずき始めた。彼女はそれに気づいて、
立ち尽くしている青年の前まできて身を屈めた。
ウィルの服をイルマがめくった。白い服の下は下履のパンツのみで、脚にはさらしを巻
いていた。
イルマは下履をそっと脱がすと、勃起したウィルの肉柱がぷるん! 勢いよく飛び出し
て、空に向かってそびえ勃った。亀頭が外気に触れて、すーすーと心許無い気がした。
そして、彼女はそれを優しく掴み、シルクの長手袋のしたままの細い手で軽く、優しく
しごき始めた。
「凄いわ」
ウィルは巧みなイルマの指使いに、早くも果てそうになった。すでに、亀頭部が湿り出
してきた。
「ほら、力を抜いて、楽にして。緊張すると、辛いわよ」
イルマが優しい口調で言った。しごくのを止めると、彼女はそのウィルの肉柱を口の中
に含んだ。
「あっ、ふぅっ」
ウィルは思わず呻く。彼の肉柱が、イルマの口の中で優しく愛撫された。彼女の舌は巧
みに亀頭部を優しく撫でた。
「うっ、もうっ!」
ウィルが喘ぐ。イルマは口から肉柱を離そうとしたが、彼が果てる方が一瞬早かった。
どぴゅっ! どぴゅっ! どぴゅ!
彼女の口の中に精液のほろ苦い味と、若葉に似た匂いが充満する。男の味には慣れてい
たが、彼の勢いのいい射精につい咳込んでしまった。
イルマの口の中に濃くて新鮮な精が放たれた後も、ウィルの肉柱は彼女の口に含まれて
いたのを喜ぶように痙攣し、射精を続けた。その白く濁った彼の子種はイルマの顔にもか
かってしまう。
「あっ、すみません……」
ウィルがしどろもどろに言った。
「……いいのよ。別に」
イルマはウィルの熱くて、新鮮な精液を飲み込んだ。濃さではどの男性のものよりも一
番だった。彼は情け無い表情をした。
「お、女の人って、こういうこともするんですか?」
「ふふふ。するんじゃない?」
イルマは悪戯っ子がするような笑みを浮かべた。顔にかかった精液も手で掬ってぺろぺ
ろとなめている。
ウィルの肉柱はいま、射精したにも関わらず、再びその生命力を誇示するように勃起し
始めていた。
「さ、早く。今度はあんたの番よ……」
イルマの瞳はうるんでいた。
「で、でも……どうしていいのか−−」
「もう……しょうがないわね! とにかく、あたいの身体に触ってごらんよ。胸とか」
ウィルは言われるままに、女の胸に触った。彼は最初は触っているだけだったが、白い
ブラジャーが邪魔に感じてそれを剥ぎ取った。イルマのむっちりとした、褐色の肌の胸が
ぽろりと現れた。
「結構うまいじゃいのさ……」
イルマの声が序々に弱々しくなった。ウィルは彼女の胸に頭を埋め、時たま、コニーデ
状の乳房の先端にある乳輪に唇をつけた。
「あはんっ」
イルマが喘いで、ウィルの頭を抱いた。彼は左の乳房を唇に含み、右の乳房を右手で撫
で回していた。
「ああっ……あふん……」
イルマが首を横に振った。赤く長い頭髪が横にぶれる。彼女はウィルの手を取り自分の
股間に彼の手を当てがった。
「ここよ……」
ウィルは白いショーツがぐっしょりと湿っていることに気づいた。彼はガーターベルト
を押さえているショーツを脱がす。
ショーツがくるまって、片方の脚から脱げて、もう片方のくるぶしに止まった。
イルマの花弁は赤い産毛にそっと包まれていた。しかし、ほとんどの毛が薄く、なきに
等しかった。そして、桃の割れ目からは熟れた汁がしたたり落ちようとしていた。
「あたいのも、愛してっ!」
イルマが言った。ウィルはそっと彼女の花弁へと近づいて舌で回りを舐めた。
「あっ、あっ」
ウィルの口の中に少し甘しょっぱいような、果実の味が広がった。女の味だ。イルマの
花弁はぐしょぐしょに濡れていた。
ウィルは指をイルマの花弁の奥へと滑り込ませてみた。女の膣は、ウィルの指にしっと
りと、優しくまとわりついた。とても暖かい場所だった。
「暖かい……」
「ウィル……あんたも、お母さんのここから生まれたんだ」
イルマが喘ぎながらも、優しく言った。
「さ、もうあたい……我慢できないよ。ウィル……きて! あたいの中に……あんたのを
放ってっ!」
ウィルはうなずくと、身体の位置をイルマの上にして、のしかかる。彼の身体は奴隷時
代に鍛えられ、がっしりとしている。意外にも華奢なイルマの身体を壊してしまいそうな
ほど、逞しい肉体だった。
二人の下腹部が触れて、さわさわっ、と二人の腰の芯にさざなみが走る。
「……場所、間違えないで」
ウィルは勃起した肉柱を、イルマの花弁の前につけた。そして、そっと花弁の中へと自
分の一部を沈めた。
「あああっ」
「うくっ」
ウィルはしまるような閉塞感を覚えた。彼の肉柱に、イルマの花弁の中の肉鞘が優しく
包み込んだ。
「もっと、奥……」
ウィルは言われるままに、肉柱の残りを沈める。イルマの肉鞘の中はしっとりと湿り、
肉柱はすんなりと入ってくれた。
ウィルはこれだけでえもいわれぬ、腰から伝わる刺激に震えた。
「すごい……ああ、中で、ウィルが……暴れて……」
イルマも子宮から伝わる刺激に、思わず白いストッキングを履いた両脚をウィルの腰に
絡め、爪先をきゅっと伸ばした。彼はイルマの軆に倒れ込むようにして、位置についた。
ウィルは自慰の要領で腰ごと上下に動かせばいいことに気づいて、それを始めた。する
と、序々に腰の芯から昂まりを感じはじめた。イルマも喘いで、膣が激しく弾けた。彼は
射精寸前までいったが、我慢した。
この刺激をもう少し味わいたかった。
「あっ、あっ、あっ」
イルマは完全に度を失っていた。彼女の腰づかいはウィルを存分に刺激し、膣の中では
肉柱と肉鞘が弾け、熱くなった。
「いくぅ! いくのぅ! あはっ! 駄目ぇ!」
イルマがウィルの頭を抱えた。ウィルは最後のひと突きを加え、肉柱が彼女の奥まで先
端がいった時に、いっきに射精した。
どくどくどくどくっ!
ストッキングに包まれた爪先が震えて、あまりの気持ちよさに、我を忘れてウィルの背
中に爪を立ててしまう。二人の腰と肉同士が数秒、震え続けると、ウィルとイルマは深く
息をついた。
彼はこの瞬間、男になっていた。
ウィルはぐったりとして、ベッドの中に身を沈めた。その表情には余裕さえも見えた。
彼の腕の中で、イルマが息をつく。
「ああ……ウィル、あんたって女殺しだわ。あんたのそれを見たら、どんな女だって一国
の王女様だって濡れてしまうわ」
イルマがうっとりと言った。もう二人は五度も交わった。すでに夜も更けていた。
「それに、あんたって可愛い。あたいの夫にしたいくらいよ。そうすれば、あんたのこれ
はずっとあたいのものだもん。初めてよ、あんたがあたいに男を独占したいって思わせた
のは……」
イルマはベッドの中で、ウィルの肉柱を掴み、しごいた。彼は喘いだ。
「よしてよ……僕はもう、くたくたなんだから……あふっ!」
彼女の手づかいは名人級で、ウィルの亀頭から白濁とした液が奔迸る。
びくびくびくびくん!
射精した後は、罪悪感にも似た無力感にとらわれた。自慰の後もそうだった。
「はあっ、はあ……」
「そうやって、イッた後に喘いでいる表情がとても可愛い」
イルマが笑う。
「か、からかわないでください……」
ウィルは頬を赤くした。年上の女性にからかわれるのはどうも苦手だった。
「ねぇ、ウィルってば、身体のあちこちに傷があるみたいだけど……どうかしたの?」
イルマは不意に真面目な表情になった。
「ああ、これ……話せば長くなるけど、いい?」
「ええ、いいわ。相手の話をベッドの中で聞くのも、あたいたちの仕事よ」
ウィルは、六歳の頃、自分と父親の二人で旅をしていたことを話した。サンタローズと
いう村で一時期暮らしていたことや、父親が自分の目の前で殺されたこと、それから神殿
建設のために奴隷として、遠くに売られていったこと……。
「イルマもヘンリーからそのことは聞いている?」
「ううん、自分のことと過去は全然話してくれなかったわ。多分、辛いことでもあったの
かと思って、あたいも聞かなかったよ」
「そうか……ぼくとヘンリーは、六歳の頃から神殿建設のために、奴隷として使われた。
その時から脱出する三ヵ月前まで、ぼくはこの全身に鞭を浴びせられた。何度も反乱を起
こそうとしたり、逃亡を計ったりしたからね。背中には、ナイフで刺された跡もある」
イルマはウィルを慈しむように、見つめていた。まるで、愛を与える女神様のような慈
愛に満ちた表情だった。
たとえ、それが娼婦という裏の職業についているとしても、彼女の本質はまさに母性そ
のものだった。
「あんた……そんな苦労をしていたんだ」
イルマが言った。
「イルマさんだって、苦労しているでしょ?」
彼女は目を閉じて、頷いた。そして、おもむろに話し始めた。
「あたいはね、十一歳の頃に大富豪の家に借金のかたとして売られていった。その大富豪
は、子供がいなかったんだけどね。幼児趣味だったんだ。あたいは、その富豪に十二歳の
頃に、部屋で眠っているところを犯されたんだ。それからはまるで地獄の日々だった。あ
たいは毎日のように、その大富豪に犯され続けた。その大富豪にとって、あたいはただの
人形だったのさ。それから、屋敷から逃げる決心をして、十四歳の時に逃亡した。家族の
許に帰ったはいいけど、父さんや母さんはあたいを受け入れてくれなかった。それどころ
か、あたいをまた元の大富豪の許に帰そうとした。あたいは両親からも逃げて、死ぬ思い
でこのオラクルベリーまで流れついた。そこで、この店の前の主人だったロベルタお婆さ
んに出会ってね。あたいは娼婦として生きることにした。ロベルタお婆さんは、落ち込ん
で、絶望しているあたいに強く生きることを教えてくれた。自分の過去を逆手にとって、
あたいに娼婦になれって言ったのよ」
イルマは続けた。
「最初はもう男なんて、誰も信じられなかった。男は、自分の人生を滅茶苦茶にしたから
ね。だから、娼婦なんてまっぴらだった。けど、娼婦は娼婦なりの人生観がある。娼婦だ
って立派な職業だってロベルタお婆さんから教えられた。だから、あたいは沢山の男と寝
て、床技の技術も身につけた。あたいには娼婦が天職だって、気づいたのね。時には、あ
んたみたいな童貞を勇気づけることもできるし、いろんな男の人からいろんな世の中のこ
とを聞くこともできた」
ウィルはずっと聞き入っていた。
「ねぇ、ウィル。あたいと結婚する気はない?」
突然言われて、ウィルはたじろいた。
「え!」
「歳なんか関係ないさ。夫婦だって、恋愛とは生活の慣れじゃくて、夜の相性だってロベ
ルタお婆さんが言っていたから、安心しなよ。あたいたち、いい夫婦になれるよ」
いきなり言われて、ウィルの心は揺れ動いた。確かにイルマはいい女性だ。彼にとって
彼女が娼婦だとかはまったく関係なかった。だが、いきなり結婚となると……。
しかし、ウィルが探している幼馴染みの少女が見つかる、という可能性は極めて低かっ
た。もし見つかったとしても、彼女は十八歳だ。既に別の男性と結婚し、所帯を持ってい
るのかも知れない。だとしたらイルマと結婚して、幸せな家庭を築ければいい。そういう
考えが、頭の隅によぎった。
「ぼくは確かに、イルマさんのことが好きです。奇麗だし、優しくしてくれたから」
イルマはウィルの言い淀む様子を見た。
「あたいだってね、いつまでも娼婦やってるわけにはいかないし……とはいえ、娼婦の女
を貰ってくれる男なんて、そういやしないもの」
イルマの口調は寂しそうだった。
「ぼくは、やらなければならないことがあります。だから、すみません……けど、ぼくは
あなたのことはとっても、大好きです」
ウィルの言葉を聞いたイルマの顔がほろこびた。
「あはは、冗談だよ。ウィルったら、すぐにだまされるんだね。あはは」
イルマが吹き飛ばすように笑った。彼は一瞬、何が何だか分からない、というような表
情をして、頬を赤くした。
「ぼくを驚かせないでください……」
「ごめんごめん。ちょっとさ、あんたをからかいたくなっただけ。けど、あたい、嬉しい
んだよ。あたいを抱いた男は数多くいても、ベッドの中であたいを好きだって言ってくれ
た男は、後に先にもウィル、あんた一人だよっ!」
イルマは思いっきり、彼を抱き締める。そして、ウィルは再び、腰を彼女へと突き入れ
カクカクと激しく動いた。そして、大きな昂まりへと昇りつめていった……。
次の日の朝。ウィルはすっきりとした朝を迎えることができた。こんなにすがすがしい
気分になれたのは、修道院での朝を迎えて脱出に成功したあの日以来だった。
朝起きると、ベッドにはイルマの姿はなかった。ウィルは一抹の寂しさを覚えながらも
床に散らばっていた衣服を身につけ、身支度を終えた。
イルマとの甘い一時−−それはウィルを男として自信溢れるものとしていた。彼は寝室
を出た。一階に降りると黒サテンのドレスを着たイルマが待っていた。
「もう、行ってしまうのかい?」
彼女はどこか、寂しそうな表情をしていた。ウィルはあの一時のことを思い出して、胸
がきつくうずいた。
「ぼくの旅は、まだ始まったばかりです。ぼくの大切な人たち、お母さんやビアンカを探
して、父さんの仇を見つけ出すまでは、終わりません」
イルマはベッドの中で、ウィルから彼の幼馴染みである少女、ビアンカのことも聞いて
いた。
「ごめんね。あたい、あんたを迷わせてしまったみたいで……」
「ううん、そんなことないです。イルマさん、ありがとう。ぼくに安らぎと自信を与えて
くれて」
ウィルはそう言って、イルマの店を出ようとした。
「待って! ウィル」
イルマが呼び止める。ウィルが振り向いた。彼女はつと進み出て、彼の唇に自分の唇を
重ねた。二人の舌が別れを惜しむように絡み合い−−イルマから離れた。
「……辛いことがあったら、いつでも来なよ。あたい、待っているからね……」
「ありがとう……」
ウィルは今度こそきびすを返して、扉の向こうの、オラクルベリーの雑踏に消えた。
イルマはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
ウィルはオラクルベリーで旅支度を終えると、ビスタ港へと向かった。港には、ポート
セルミ行きの定期便が待っていたからだった。
おわり
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