Baby,baby2

「どうしよう…どうしよう…」
 かすかな灯りでもはっきりとわかる、シーツの大きなシミ。 
それを目の前に、初音は泣きべそをかいていた。
 従兄の耕一の部屋に、初音は一人で泊まりに来た。だが、あろうことか
何年ぶりかのおねしょをしてしまったのだ。
 …もし耕一お兄ちゃんに見つかったら…
「何なんだこれは!いい年して恥ずかしくないのか!俺はおねしょする子なんか嫌いだよ。
外に出て反省してろ!朝まで入れないからな!」
 …それとも…
「人の家でおねしょするなんて、そんな悪い子はお尻ペンペンだ!さっさと尻出せ、尻!」
 初音は耕一のおしおきを想像して脅えていた。と、その時だ。
「初音ちゃん、どうしたの?」
 ドアが開いて、耕一の声がした。寝室を初音に使わせ、自分は居間で寝ていたのだ。
「初音ちゃん…泣いてるの?…待ってて、今電気つけるから」
「あっ、待っ…」
 止めようとしたが遅かった。電気がついて明るくなった部屋に、大きな九州の地図が浮かび上がった。
「…あ……初音ちゃん…」
「いや…いやあ……うええ…えええん…」
 完全に見られてしまった。恥ずかしさと情けなさのあまり、初音は泣き出した。
「ごめんなさい…ごめんなさい…うええん…」
 謝りながら、初音は泣きじゃくる。耕一はしばらく黙っていたが、
「…早く洗ってきなよ。風邪引いちゃうぞ」
 耕一は顔を伏せながら言った。
「…え……う、うん…」
 初音はのろのろと立ち上がった。ぐずぐずしていると、耕一が怒り出すかもしれない。
 風呂場に入り、シャワーで身体を洗った後、汚れたパンツとパジャマを洗った。
 タオルで下半身を拭き、新しいパンツを穿いた。替えのパジャマはないので、下半身はパンツ一枚だ。
 居間に戻ると、耕一が顔を伏せたまま待っていた。
「お兄ちゃん…」
 初音はちらちらと、耕一の顔色をうかがってみる。マグマのように真っ赤に染まっているのがわかる。
 …お兄ちゃん…怒ってる…すごい怒ってる…
「…ん?初音ちゃん、どこ行くんだよ?」
 背を向けた初音を、耕一が呼び止めた。
「外に出て…反省してます…」
「何言ってんだよ、それこそ風邪引いちゃうぞ」
 耕一の声に、全く怒気は感じられない。
「お兄ちゃん…怒ってないの?」
「え?全然」
 耕一はきょとんとして答える。が、頬はまだ紅潮したままだ。
「でも…真っ赤になって怒って…」
「いや、怒ってたんじゃないよ。初音ちゃんの…その…おね…姿…見ちゃったから…
びっくりしちゃって…かわいい…いやその…何て言うか…それに今も…下着姿だから…」
 白地にピンクのストライプのパンツを、初音は慌てて上のパジャマで隠した。
「とにかくさぁ…俺…怒ってなんかないよ。だから…気にしないで」
「じゃあ…私に…おしおき…しないの?」
「まさか。何で、そんなことする必要あるの?」
 そう言った耕一は、すごく優しい目で初音を見ている。
「お兄ちゃん…耕一お兄ちゃん…うええ…」
 怖かったのとホッとしたのが重なって、初音は耕一の胸の中で再び泣き始めた。
 耕一はその間、ずっと初音の頭をなで続けていた。
「よし、俺が添い寝してやろうか?」
「え…でも…私…汚な…」
「汚くなんかないよ。あんなことの後だし、一人で寝るの、心細いだろ?」
「………うん…一緒に…寝て…」
 初音は耕一と布団に入り、抱きしめられながら目を閉じた。
 …おやすみ、初音ちゃん…いい夢見ろよ…
 柔かな感触を身体一杯に感じながら、耕一も目を閉じた。
 


 朝が来た。
 …ん?なんだ?冷たいな…
 耕一は腹部に冷たさを感じて目を覚ました。初音は耕一にしっかりしがみついたまま眠っている。
 耕一は布団をめくってみた。すると…
「おやおや…」
 初音は二回目のおねしょをしていた。
 ゆうべ貸した、着替えのパジャマはぐっしょり濡れていた。シーツと耕一の腹も濡れている。
 初音は無邪気な寝顔で、静かに寝息を立てている。
 …うーん、初音ちゃん、やっぱりかわいいなあ…
 耕一はしっかり初音を抱きしめ、頭をなでてやった。初音の髪の甘い香りが、鼻をくすぐった。
「…うん?耕一お兄ちゃん…?」
 その時、初音は目を覚ました。
「おはよう、初音ちゃん」
 目の前にある耕一の優しい笑顔に、初音は頬を染めた。が…
「…ああっ!」
 布団をめくって、自分のおねしょを目の当たりにする。
「いや…いやあ…うええん…うわああん…」
 泣き出してしまった初音を、耕一は再びしっかり抱きしめた。
「ごめんなさい…私…また…おねしょしちゃった…」
 初音は泣き続ける。情けなくて、悲しくて。
「お兄ちゃんの…パジャマまで汚しちゃった…ぐすっ…ごめんなさい…」
「いいんだよ、初音ちゃん…」
「怒らないの?二回もおねしょしちゃったのに」
「怒らない、絶対怒らないよ。何回おねしょしたって怒らないよ」
 その優しい言葉に、初音の悲しみはやわらいだ。
「今日は、思いっきり遊園地で遊ぼうな。遊べばおねしょのことなんて忘れちゃうよ」
 耕一は初音と一緒に、遊園地に行く約束をしていたのだ。
「でも…こんなおねしょする私なんて…」
「関係ないよ。おねしょする初音ちゃん、俺大好きだよ」
 耕一はそう言って、初音の頬にそっとキスをした。
「さ、早く洗って、朝ご飯にしよう」
「うん」
 二人は起きあがった。



 そして、その夜…。
「初音ちゃん…」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
 初音はパジャマのズボンを穿こうともせず、うずくまったまま泣いている。
 風呂から上がって、パジャマに着替えているところとは気が付かずに、耕一が
脱衣所に入ってしまった。
 そして着替え中の、パジャマのズボンを穿こうとしていた初音に出くわした耕一の目には…
「そ、それって…オ…オムツ!?」
 思わず耕一は声を上げていた。
 バックにアニメのプリントが入った、パンツとは似て非なるもの…
おねしょ用オムツの『オヤスミマン』だった。
「どうして…」
「私…私…またおねしょしちゃうんじゃないか不安だったから…ごめんなさい…」
 初音は泣き続ける。
 今度こそ、完全に嫌われた…次に耳に入るのは、罵倒の嵐か、冷たい嘲笑か…
初音は絶望のあまり、硬直したまま動けない。ただ涙が出てくるだけだった。
「初音ちゃん…」
 耕一はオムツ姿で嗚咽する初音に、激しい愛おしさと欲情を感じていた。その感情が
ピークに達した次の瞬間、初音を思い切り抱きしめていた。
「かわいいぞ…初音ちゃん、すっげーかわいいぞ!!」
 次の瞬間、耕一は初音の唇を塞いでいた。
「俺、もっと見ていたいよ…初音ちゃんのオムツ姿…」
「お兄ちゃん…」
 今度は初音が唇を重ねてきた。



 あれから数日後、柏木家の朝。
「あらら…またやっちゃったの?」
「えへへ…ごめんなさい」
 千鶴に言われても、初音はちっとも悪びれた様子はない。
「なんだ初音、おねしょが再発しちゃったのか」
 これは梓。しかし、シーツは濡れていない。
 昨晩、『オヤスミマン』を穿いて寝たからだ。
 しっかりと、一晩中のおしっこをオヤスミマンは吸収していた。
「やれやれ、まったくおっきな赤ん坊だよ、初音は。…あっ、そうだ!
こないだ行った耕一ん家で、おねしょしなかったろうな?」
「ううん、しちゃったよ。三回も」
 初音は平然と答える。
「あちゃー、やっちゃったのか。怒られたでしょ?」
「ううん、その逆。ほめてくれたよ。かわいいって」
「へー、そりゃよかった。耕一って優しいんだね」
「うん!優しい耕一お兄ちゃん、大好き!」
 初音は最高の笑顔で答えた。
「じゃあ、初音。オムツ取り替えましょうね」
 楓が真顔でふざけて言った。
「えー、やだあ、楓お姉ちゃんったら!お昼は大丈夫だよ〜!」
「だめ、初音は赤ちゃんだからオムツするの」
「よーし、みんなで初音にオムツさせちゃえ〜!」
 梓が号令をかけて、初音と姉三人の追っかけっこが始まった。


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